2022年12月25日日曜日

未来の私をダメにする成功体験

 メリ―――クリスマス!!!!


 え?今日はもう26日だって?
 知ってるよ。今朝締切の原稿がヤバかったんで、クリスマスを延期したんです。個人的に。
 ちょっとブログを書くのが空いたのもそのせいです。
 だから今日はクリスマスってことで。今日の夕飯、ふるさと納税返礼品の良い肉のステーキとクラムチャウダーにサンドイッチも作るから。でもってケーキも福岡の伊都きんぐのあまおう苺チーズケーキ取り寄せてたの食べるから。
 伊都きんぐの苺のお菓子は、福岡旅行した時にフォロワーさんに薦められて買って食べたらめちゃくちゃ美味しくて、リピートしてます。
 ああ、私は旅行も好きでよく行くんで、今度旅行記も書きますね。主に美味しい物の話です。

 それは置いといて、脱稿した!イエーイ!
 あ、同人誌の話ですが。
 締切が26日の午前10時だったんで(データ入稿が可能になり、時間まで決まる様になった)25日の午後23時に入稿しました。
 これを私は「まぁ余裕をもって入稿出来たな」という気持ちが少しある。
 原稿とかしない人、意味分からんだろう?
 これは悪い体験を沢山してしまっているという、負のスパイラルが成せる癖なのだ。
 若い頃に本当にギリギリで、車で印刷所まで持って行った事もある。
 こんな事をちょっと自慢気に話しちゃうのが、クソ創作者の悪い所だ。

 若い頃よりも格段に体力も気力も落ちている今でも、「ギリギリになれば、本気になれば出来る」という謎の自信を持ってしまっている。だって実際にやったから。
 現に今回も、ラスト3日の進み具合は凄まじかった。何なら締切前々日は6000文字、前日は1万文字書いて目次ページを作って加筆修正までした。追い詰められれば出来るのだ。
 そしてこの成功例が、未来の私をまたダメにするのだ。

 分かっている。
 家族にも「何でそんなギリギリにならないと出来ないの?」と聞かれ、黙ってしまったら「言われたくない?(怒ったの?)」と気を遣わせてしまった。
 怒るわけがない。当然の疑問だし、まったくもって同意で返す言葉がなかっただけだ。
 しかもこれは間に合ったと言うだけで、実際は全然成功ではない。
 もっと余裕を持っていたら、もう少し加筆が出来たし、ページ構成も上手く出来たと思う。表紙は先行入稿で、カバーは外注していたが本表紙は自分で焦って作ったから、ほぼ1巻のままでミスもある。

 なので未来の私が少しでも真人間に近付ける様に、締切ギリギリ集中モードに入った時の行動をここに書き残しておく。
・音楽のみで、動画は流さない。YouTubeを閉じろ。
・新しい音楽を探さず、マイリストを流しておく。
・スマホは別の部屋に置いて来る。
・食事は簡単に済ませれるジャンクものでいい。
・飲み物だけでお茶請けを出さない。
・進捗を詳しく書いた紙を見える場所に貼る。(毎度同じ事を調べなくて良い様に)

 こうして頑張って書いた同人誌
『性春ミステイク2』
 1/8のCOMIC CITY(インテックス大阪)6号館B り22aイマジン
にて頒布予定です!
新書サイズ152P/フルカラーカバー付き/挿絵有り/価格は1000円



 挿絵は1巻に続きエイチさんにお願いして、表紙デザインはMiZu3173さんにしていただきました。
 イベント後、書店委託予定もありますので、よろしくお願いします。

 内容はムーンライト連載の同名作品から、13~24話に加筆修正を加えて、書下ろし番外編を載せたものとなっております。
 女の子大好きでちょっとエッチなDT男子校生が、エロ妄想をするたびに周囲のイケメンを欲情させては襲われる総受けエロコメディです☆


 で、一番怖い話は、この本出すのが最初は夏コミ予定だったという事。



おわり!


2022年12月22日木曜日

【自己紹介】小説を書いていなかった私が書籍化デビューするまでの書き始めの話~え?なろうってサイト1個じゃないの?~

  前回「小説を書いていなかった」と言ったが、正確には中学の時に文芸部に書いてくれと頼まれて1回だけオリジナル小説を書いた事はある。私は吹奏楽部だったんだが、何か知らんが頼まれた。
 ちなみにその時書いたのは、死んだ人の魂を案内する組織の新人の話でした。『お迎えです』と『闇の末裔』混ぜたみたいなやつ。読んでもらった友人には「コイツ(主人公)殴りたい」と言われた思い出。

 で、それから小説を書く事は無かった。
 二次創作界で小説ジャンルで活動している人って、結構文学畑の人が多くて「敷居が高そう」みたいなイメージもあった。
 それで何で『小説家になろう』を読んで小説を書く気になれたかと言うと……え~……これは書き方が難しいな。
 色々読んでいくうちに……うーんと……これくらいなら自分でも書けるな、と思った訳ですよ。
 これは、全然悪い意味じゃなくて、あのサイトは敷居が低いんですよ。

 そもそも『小説家になろう』は決して”プロ小説家になろう”ではなく

”小説を書いて人に読んでもらえば、君はもう小説家だ。さあ、君も「小説家になろう」”

がコンセプトなんですよ。

 よく書籍化作家を目指す人の為のサイトだと思われているけど。
それを勘違いして「書籍化を目指しているんだからアドバイスしてやる」「書籍化を目指しているんだから色々言われても我慢すべき」みたいな奴がよく湧いてくるの本当アイツら〇☆△✕▼%#*$(自主規制)

 改めまして、色んな投稿作品を読んでいる内に、自分でも書ける気がして来た私。
 早速書き始めたのが昨日も上げてた『ネガティブ錬金術師の二重生活』です。
 中二男子が異世界転移をし、精霊と共に錬金術師になるお話。ネガティブが行き過ぎて自主的に女体化して、男にモテる魔法を掛けられたりといったドタバタコメディである。
(今改訂版を投稿していて、更新が止まっているけど来年から再開する予定なのでよろしくお願いします)

 書き始めると楽しくて、ほぼ毎日更新していた。序盤はちょっとの待ち時間でもスマホで書いたりもしていた。
 そうするとポツポツとアクセス数が伸びてきて、ブクマされたりしてきた。
 と言っても、総ブクマ数二桁の話である。それでも自分が書いたオリジナル小説が何十人の人に「続きが読みたい」と思われているだけで嬉しかった。これは二次創作の10倍くらい脳汁が出るから、本当に皆小説書けば良いと思う。

 それから創作の話だけをするツイッターアカウントを作った。
 ちなみにコチラ→@889wakatsu
 小説を更新していると、こちらもぽつぽつとフォロワーが増えてきて、嬉しかった。
 ツイッターで気を付けた事は、あんまり日常話や関係ない話はせずに、基本創作の話しかしない事と、創作論を語らない事だ。猫や美味しい物の話はOK。
 これは自分が好きな作家などをフォローした際に「こんなアカウントだったらいいな」を思うのを目指した。

 そんな中、少し自分の中で困った事が起こった。
 BL書きたい問題だ。
 ラノベは好きだ。『ネガティブ錬金術師』もラノベのノリで書いていた。
 しかし同時に私はBLも好きなのだ。
 
 今『ネガティブ錬金術師』をBL作品に変えてしまうと、せっかくのラノベ感が失われてしまうのではないか。とは思った。
 『ネガティブ錬金術師』はBLかどうか分からんけど男主人公が男キャラにめっちゃ好かれている位を目指して書いていた。
 BLが今の様に一般に受け入れられていない、平成時代の『Wi〇gs』とか『AS〇KA』のラインを目指していた。なぜなら私がその感じがめっちゃ好きだから。

 でもBL書きたい欲はどんどん上がってきた。
 途中「チュウくらいならBLとまではいかないのでは?」と揺れた時期があった。少年マガジンで連載していた『山田くんと七人の魔女』では、男キャラとぶっちゅぶっちゅやってたし!
 しかし作品の軸がズレる。
 大体BLというものは今でこそ表舞台でも見るが、マイノリティで見たくない人もいるだろう。
 私はどうすれば……。
 そうツイッターで呟いたら、フォロワーさんからあるリプライが飛んできた。

「ムーンライトで書いたらどうですか?」

 え?
 ムーンライトってなに?

 当時の私はマジで知らなかった。
 調べたら……て言うか、『小説家になろう』サイトの下の方にあるではないか。
 R18部門が!
 その中に、

 男性向けェロ主体サイト 『ノクターンノベルズ』
 男性向けェロ主体じゃないけどェロ有りサイト 『ミッドナイトノベルズ』
 女性向けェロ有りサイト 『ムーンライトノベルズ』
 この中でさらに、TLとBLで分かれていた。
 ここは最初から別物にしても良いんじゃ……と思ったが、とにかく『小説家になろう』の中にBLを書く場所があったのだ。



 つづく!

2022年12月20日火曜日

【自己紹介】小説を書いていなかった私が書籍化デビューするまでの最初の話~Web小説との出会い~

  さて、たまたま先週出掛ける用事が複数あったので、その感想などを書いてきたけれど、普段は引きこもりに毛が生えた程度なので話題が尽きた。
 それでは、最初に書こうかと思っていた私がラノベ作家になった経緯を書いていこうと思う。

 まずこれを言うと怒られそうだけど、そもそも私は書籍化作家を目指していなかった。
 と言うか、そもそも小説を書いてもいなかったんだ。
 元々は、小さい頃から絵を描くのが好きで、小学校に入る頃にはノートにオリジナルと言って良いのかどうか微妙ではあるが、漫画を描いていた。デジタル時代ではなかったので、中学校の終わり辺りにはGペンも丸ペンもトーンも持っていて、原稿用紙に漫画を描いていた。
 どうして漫画家を目指さなかったかと言うと、絵が下手だからだ。
 いや、絵が下手、と言い切るには語弊がある。
 正確には”ちっとも上手くならなかった”だろう。

 というのも、私は絵の練習というものをほとんどしなかった。上手くなるわけがない。
 プロの漫画家さんは山の様に模写を描いたりしているらしいから、当たり前だ。
 そもそも漫画を描くという行為は、ものすごい時間と体力を要するのだ。それが私には無理だった。頭にある数々のオリジナルストーリーを描ける技量も気力も無かった。
 たまにちまちまと二次創作の4コマやショート漫画、エッセイ漫画を関の山だった。
 その上前々職のおかげで右手首が腱鞘炎になり、ますます筆を持つ時間が限られた。

 話を考えるのは好きだ。それを形にしたいとも思う。
 ちなみに私はストーリーは『映像再生型』で思いつくタイプなので、形にするというのは基本的に『絵』がともなう物だと無意識に思っていた。(創作者は『映像』『漫画』『字』で考える3パターンあるらしい)
 でも私の画力と右手では描く事は出来ないから、こうして思いつく話はすべて形にならず消えていく物なんだなと思っていた。

 そんな折、たまたまスマホでWeb小説サイトを見た。
 そう、あの日本最大級の小説投稿サイト『小説家になろう』である。
 キッカケは忘れたが、本当にたまたまそのサイトにたどり着き、噂で「なろう系」と呼ばれる物の存在は知っている程度だった私は、とりあえず累計ランキングの上の方を読んでみた。
 ちょうどその頃ハマっているジャンルも無く、黒に限りなく近いグレーな職場を退職し、
実家に戻って17時に終わる仕事に就いており、まぁぶっちゃけヒマだったのだ。
 見てみると、三桁話数の小説が並んでおり、「こんなに沢山、無料で読んで良いの⁉」と驚きながら読み始めた。
 徹夜した。
 その最初に読んだ作品が『転生したらスライムだった件』である。
  
 元々ラノベもファンタジー小説も好きだった。
 小学校の時に『スレイヤーズ』のアニメにドはまりし、中学の頃は『ゴクドーくん漫遊記』や『央華封神』『ラグナロク』『ブギーポップは笑わない』など電撃文庫を読み漁り、そこから小説をよく読むようになった。その後は『コバルト』は本誌まで買い、果ては今は亡き『活字倶楽部』を定期購読していた。

 そんな訳で、ラノベ系は元々好きだったので、なろう小説の文体や流れについては最初からさほど違和感は感じなかった。
 むしろ『転スラ』の二つ名やスキル名のかっこよさに痺れ、自分でノートにメモして「かぁっこいい~……」と眺めていた。

 そしてランキングの上の方から読んでいき、自分の好きな傾向を掴んできた私は検索ワードで小説を探すようになった。ちなみに『ものつくり』系である。
 この『ものつくり系』はあんまり多くなく(2017年当時)すぐに大体読み終わってしまった。私は物足りなかった。
 もっと『異世界転移』『ものつくり系』で、『ハーレムじゃなく』て、主人公は『チート能力を持つがドヤらず必死』で、『色んな種族』が出てくるファンタジー!て感じで、ハーレムじゃなくても主人公が好かれてる感じの小説が読みたい!


 …………あれ?これ自分で書けばいいんじゃね?



 これが始まりである。




 つづく! 


ちなみにこの「欲張りセット」は今書き直していて、カクヨム先行投稿でやってます。
『ネガティブ錬金術師の二重生活』  カクヨム  なろう















感動作品の大半は悲しいだけって事実【M-1話もあるよ!】

  M-1優勝が決まりましたね!

 ウエストランドおめでとうございます!
 大学からずっと岡山に住んでいたので、岡山出身の人には勝手に親近感を湧いてしまう。

 と言っても私は最近はあまり芸人を見ていなくて、2010年位まではしっかり見てたけど、今年もリアタイ視聴はしていなくて後でYouTubeでネタを見ただけなんだけどね。公式で動画上げてくれるの助かる~。


 グチ漫才面白かった!
 「そうか~ネタにメッセージ性詰めてくるうざいコント師とかいるか~!」が一番好き。完全なる罠のネタ運びで面白かった。

 で、最初のネタの方の中にあった「恋愛映画は全部一緒!」の流れで言われていた
「「感動したな~」悲しいだけだあんなの!」に激しく共感したのが私です。

 これ!マジでそう思う!!
 最近ちょっと悲しい話が多すぎません?
 そんでそれを「感動した」「涙が止まらない」って当たり前じゃない⁉
 そりゃ悲しいと泣くよね?
 ”感動”って『感』情が『動』く事をいうから、そりゃ人が死ねば感情は動くでしょ。動かないと人の心が無い判定でしょ。一番安易な感動のさせ方だな、てずっと思ってた。

 要は私はウルトラハイパーハッピーエンド厨なので、人が死ぬ話が嫌いって話なんだけど。

 いや、正確には違う。
 人は死ぬ。それは仕方ない。
 その「『死』に意味が無い」のが嫌なんです。
 ただただ”悲しい展開”のためだけに、キャラが死ぬのが本っっっ当にダメで……。

 これは嗜好の話なので、そういう作品を否定したい訳ではない事は一応言っておく。
 だがエンタメとして、苦難や不幸は乗り越えてこそのカタルシスじゃないの⁉と思うんだ。
 エンタメって、色々苦難があっても、それを乗り越える構成を考えるものだと思ってたんだけど、昨今は「どうしようもならない事はならない」てのを結構見る。
しかもそれが「現実的で素晴らしい」「こっちの方が高尚である」みたいな評価をしている人も結構見かけて、ウルハイハピ厨は「はぁん⁉(# ゚Д゚)」てなる訳ですよ。
 創作ってのは現実とは別物なんだから、現実的である事を良しとするなら現実だけ生きてりゃ良いじゃん!!
ただこの考えは結構オタク的であるみたいで、自己投影で創作物を嗜む人は結構いるらしいけど。

 ともかく、悲しい、つらい、しんどい作品だけを「よく考えられている」と評する風潮がどうにかなれば良いなと願うウルハイハピエン厨なのであった。

おわり!

2022年12月18日日曜日

【大石昌良 弾き語りラボ2022(広島)】感想

  大石昌良さんのライブに行ってきた。


 大石昌良さんと言えば、『ようこそジャパリパーク』などを作ったアニソンシンガー”オーイシマサヨシ”さんの従兄弟に当たる人……という設定の人です
(『オーバーロード』や『異世界かるてっと』『A3!』『月間少女野崎くん』の主題歌なども)
 ライブに行ったキッカケは、本当にたまたまチケットぴあからのメールでライブを知り、「あ、大石さん来るんだ―。行ける距離だな~」と何となく申し込んだ。だもんで、『弾き語りラボ』が何たるかもよく知らずに行った訳だ。

 ちなみに私は20代前半の頃は、結構ライブ会場に足を運んでおり夏フェス参加経験もあるので、ライブが初めて、という訳ではない。今回のクラブクアトロも行った事はあった。
 しかし本当に久しぶりのライブ……しかもオールスタンディング!
 ライブ中立ちっぱなしで身動きが取れないのは不安だったので、整理番号は二ケタ台だったが後ろの方でのんびり見る事にした。

 広島クラブクアトロのキャパはオールスタンディングで段差のあるフロアも使うと800人収容とあったが、コロナ禍な事もあり、ゆったりと300人くらいのライブだった。
昔のロックバンドのライブなどからは考えられないくらいスペースに余裕があった。
 ステージにはスタンドマイク1本、そしてそこを囲む様に照明が並んでいて変わった配置だなと思った。
 それもそのはず。
 この『弾き語りラボ』は、大石昌良さんが一人で、アコースティックギター1本での可能性を研究するという名目があり、マジで他の楽器も人も出てこないライブなのだ。
 そしてそんなのも知らずに行った私。すみませんでした。

 しかしこの大石昌良という人物。
 歌がはちゃめちゃに上手い事は知っていたのだが、今回観た感想としては、「歌が上手い」とかいう次元ではない、という事だ。
 マジで一人でアコギしか使ってないのに、全然そんな気がしない。
 途中音源流してる?と疑うほどに、そんな気がしない。

 それというのも、大石昌良さんはメインギターであり、メインボーカルであると同時に、パーカッションであり、スキャットであり、コーラスでもあるのだ。
 そしてそれを違和感なくやってのける。
 そんな中、喋ったり笑ったりする。間ではない、歌の途中でだ。
 多分”曲”という構成そのものが、常人とは違う捉え方をしていると思われる。

 まぁ小難しい言い回しはさておき、とにかく「ひとりですげー歌うたう人」なのだ。
 ライブ出来ない間にYouTubeで『弾き語りラボ』配信をやっていたので、ちょっと観てみてほしい。長いけど、生での歌と配信は公式でこれが一番分かりやすいかと。
【台風がきてるので夏曲を歌う枠】 大石昌良の弾き語りラボ(公式)より 

マジで「急にCD再生した?」て思う。


 で、実際のラボの感想を書いていきます。
 久しぶりのライブでしかもスタンディングタイプで楽しめるかな~と不安だったんだけど、開始3秒で「あ、楽しい!」となった。
 セトリとかはあんまり覚えていなくてゴメンね!
 3年ぶりのラボという事で、初見さんも多いからとラボの説明を丁寧にしてくれ、「メインギター」「俺~!」から始まり、ずっと俺のターンでの紹介(笑)が終わり、高らかに歌い上げ、超絶ギターを弾きながら、ちょいちょいボケも入る。
 ”アニソン界のおしゃべりメガネ”の異名は伊達ではない!あ、あれは従兄弟の人か。

 アニソンシンガーのオーイシマサヨシとはあくまでも別人設定なので、アニソンなしでのライブが続く中、YouTubeでやった様に「リクエスト受付」をしてくれる事に。
 最初に当ててもらった人が、ラブライブの曲をリクエストして、裏声でちょっと歌って「好きすぎて自分の声で汚したくない……」と言うラブライバー大石さんwww
「あの曲名曲だよな~」と言ったら、リクエストした青年が「はい」って答えて、二人で会話してんちゃうぞ!と大石さんからツッコミが入った。
 ステージに一人のライブって初めてだったんだけど(バンドなども無しの)、大石さんの人柄のせいか、本当に観客との距離が近いのよ。心の距離ね。
 だんだんツレに話してるみたいな感じになってきて、こっちもアーティストとしてじゃなくて知り合いの話を聞いてる気になってくる。

 リクエストコーナーは続き、『オトモダチフィルム』(オーイシマサヨシの曲)がリクエストされ、固まる大石さん。
「それは~……あ~~……」と口ごもる大石さん。
 あ、これ後でやる予定だわ。と観客もピンとくる。
「君のそのリクエストは、あと……20分後くらいに叶うよ!」という事で次のリクエストに。
 『夏の日の1993』を歌って、リクエストコーナーは終了。
 そこから「特別やでぇ」と言って自曲のアニソンメドレーに。
 『君じゃなきゃダメみたい』『オトモダチフィルム』『ようこそジャパリパーク』でやっぱり盛り上がりますね。次はオーイシマサヨシさんのライブも行きたいな。

 それから最後に歌った『耳が聞こえなくなった恋人とそのうたうたい』というのが、大石さんの実体験に基づく曲との事。
 実際に耳が聞こえなくなってしまった恋人とあの頃の自分を思い出して書いたそう。
 これが内容もさることながら、歌がすごくて……スポットライトと合わせて、まるで映画のラストシーンを観ている様な気持ちになった。
 この歌の動画を探したけど、CDもラボ限定で動画も公式のが無かったので、皆で探してね!めっちゃいい歌だから。

 そんな訳で、色々学びもあり盛り上がりあり染みる歌もあり、盛りだくさんのライブでした!それをギター1本でって本当にすごい。


 ちなみに腰は死んだ。



2022年12月16日金曜日

【追記】『すずめの戸締まり』の正史に見るボーイミーツガールの手本とは?

 『劇場版転スラ』に続き、まだ自分を納得させきれていなかったので、もう少し考えてみた。

[この下『すずめの戸締まり』ネタバレ有り]






















 前回「『すずめの戸締まり』の草太は閉じ師として未熟だったのではないか」説を唱えた私だが、草太に限らず、あの話は全員”未熟”であったと考える。
 閉じ師としての知識が足りない草太、少女独特の傲慢さを持つすずめ、神として幼すぎるダイジン、母親の代わりにはなれなかった環、師匠として草太を育てられなかった祖父など。

 なので、「未熟でなかった場合」本来こうあるべきだった正しい道順での『すずめの戸締まり』を考えてみた。
 もしも草太がちゃんとした閉じ師の知識を持っていて、ダイジンも役目を投げ出す事をしなかったら。

 そう、草太&ダイジン(&すずめ)のほのぼの要石移動旅(^^)が見れたのではないか?
 それでいいじゃん!
 それで良かったんじゃないの⁉

 こうすると、各地の後ろ戸をダイジンに案内してもらいながら、すずめが被災地を巡り成長をしながら、ダイジンはすずめにしっかり甘えられて、草太も教員試験の時は東京に寄って、その間にすずめとダイジンでもう一つの要石であるサダイジンに会いに行って、ダイジンも心新たに要石に戻って、草太とすずめもダイジンの事を想いながらめでたしめでたしになれたんじゃないの?これが正史なんじゃないの?

 いや、分かっています。
 映画として、ピンチや盛り上がりはとても大事ですし、何よりボーイミーツガール感が足りませんよね。
 新海誠監督の映画は初めて観ましたが、ボーイミーツガールをとても大切にしている監督だという事は噂で聞いております。
 未熟であるゆえに起こる出来事を越えて、成長していくボーイミーツガールが切なさも含んで好きなんでしょう?『すずめの戸締まり』以外観た事ないから知らんけど。

 だが思う。
 果たしてこのボーイミーツガールは本当に必要だったのか。
 ボーイミーツガールで世界を救うと言えば思いつくのは、『天空の城ラピュタ』な訳だが、パズーはシータに出会う事で、父の夢も叶えられた。
 そしてシータにパズーが必要だったかと言うと、絶対に必要だった。彼がいなければ囚われの身に戻っただけだった。
 少年と少女が出会い、数々の障害を乗り越え、色々な人とも出会い、心を通わせ成長していく。
 ボーイミーツガールのお手本はこれだと思う。

 一方、『すずめの戸締まり』では、すずめは草太がいたから生きたいという気持ちを持てたのだろう。
 草太はすずめがいたから人に戻れた。
 だから必要。と思いきや、そもそもすずめがいなくて、ちゃんと閉じ師としての知識を持っていたら、イスにも要石にもなっていなくないか?

 分かっている。
 少女と青年の恋物語にイチャモンをつけているという事は。
 だってダイジンが……っ‼(´;ω;`)
 批判したいわけではない。
 嗜好に合わなかっただけなんだ。

 とりあえず、「ハッピーエンド」の定義は人それぞれである事を改めて学んだわけで。
 この作品が「スーパーハッピーエンド」であるというならば、私はこれから自作の事を「ウルトラハイパーハッピーエンド」だと称する事にする。


 おわり!





2022年12月14日水曜日

『すずめの戸締まり』感想(と言う名の露骨な猫贔屓によるダイジンの救いを求めた文)

  『すずめの戸締まり』を見てまいりました。

©すずめの戸締まり 新海誠監督

 実は私、新海誠監督映画を観るのが初です。
『君の名は』は観に行こうと思ってたら同僚に盛大なネタバレをされ拗ねて観ず、『天気の子』はセカイ系という噂を聞き、メリバの気配を察知して避けました。

 で、この『すずめの戸締まり』は、よく見ているアニメレビューYouTuberさんが「強引なまでのハッピーエンド」と言っていたので観に行く事に。ちょうど映画館の近くに用があったしね。(八の住んでいる所から映画館まで車で1時間掛かる)

 映画が始まってすぐ、映像の、背景の綺麗さに驚いた。
 更に、ヒロインの鈴芽の動作ひとつひとつにフェチズムを感じ、町や建物のこだわりもすごい。何これ。「もう変態じゃん!このこだわりぶりは変態じゃん、新海誠監督って!」て思った。
 そんでもって、展開の早さにも驚いた。一時も目が離せない。

 ストーリーは、九州の宮崎県に叔母と二人で住む鈴芽(すずめ)が、登校中にどこかで見た事がある美青年を見つけ、その後を追う事から始まる。
 青年:草太が目指した廃墟で、扉を見つけたすずめはその扉を開けるが、中に入れない。更にその足元にあった石の像を持ち上げて引っこ抜いてしまう。
 その石は地震の元であるミミズを封じている『要石』で、すずめが要石を抜いて、扉を開けた事によりミミズが外に出てきてしまう。
 全国の扉を閉めて回っている『閉じ師』の草太と協力して扉を閉め、ケガをした草太を手当てしていると、ガリガリに痩せた猫が現れ、すずめはその猫にエサを与え「うちの子になる?」と問いかける。
 しかしその猫こそ、『要石』であるダイジンだった。
 ダイジンは、草太をすずめのイスに閉じ込め、姿を消す。
 要石であるダイジンを掴まえ、草太を元の体に戻して、再び『要石』としてミミズを封印する為に、すずめとイスになった草太の旅が始まる。―――というもの。

[ここからネタバレ注意]


















 旅は、宮崎から始まり、愛媛、神戸、東京、そして宮城に行きます。
 その中で、災害の被害に遭った人、場所、その想いを知りながら、すずめは成長し、草太は人としての意識が保てなくなっていく。
 愛媛では通っていた中学校が土砂崩れで廃校になった少女に、神戸ではシングルマザーでスナックを営む女性に(直接出ていないけど、夫は阪神大震災の被害者かも)、東京では草太の友人と祖父が出てくる。
 情景を描くのがとても綺麗で、ひとりひとりの描写も丁寧。
 ミミズの表現も派手ですごいけど、突然のCG部分はちょっと違和感があった。
 スマホや地図アプリなど、現代の表現が多いのも共感出来て良かった。

 そしてついに、『要石』としての役割を草太に移されていた事が判明し、東京で封印が解かれたミミズを相手に、すずめは草太を『要石』として挿すしかなかった。
 草太が『要石』として挿され、ダイジンは喜んですずめに「やっとじゃまものがいなくなったね!」とすり寄る。それにすずめは激高し、「あんたのせいで!」とダイジンを拒否する。
 ダイジンは驚いて、「すずめはダイジンのこと、好きじゃないの?」と問いかけ、すずめはそれに「あんたなんか大っ嫌いよ!」と叫び、ダイジンにもう話しかけるなと言う。
 ダイジンはフワフワだった体から、最初の時の様にガリガリにやせ細った体になり、暗い顔でその場を去る。

 ここ!
 ここからもうダイジンに意識が行って、どうしようもなかった!!(泣)

 その後すずめは、草太を取り戻すために(自分が身代わりになるつもり)扉の向こうの世界、常世に行くために、草太の祖父の助言を受け、草太の友人である芹沢とすずめを探しに来た叔母の環と、そして付いて来たダイジンと宮城に向かう。
 途中、もう一つの『要石』であるサダイジンも旅に加わり、すずめの昔住んでいた家にたどり着き、『扉』を見つける。
 常世の世界で、再び復活しようとする大ミミズをサダイジンが抑え、草太を救おうとするすずめに、ダイジンは『要石』に戻る決意をし、草太を救出。そして「すずめの手でもどして」と言って要石の姿になり、草太と共に大ミミズを封印。
 幼い頃、母を探してさまよい常世の世界に迷い込んだ自分にイスを渡し、未来は明るい事を伝えたすずめは、元の世界へと戻る。
 めでたしめでたし


 ダイジンは――――――!!???


 これじゃあまりにもダイジンが切なくて悲しすぎるよ!!と泣いた猫好きは多かったはず。私も泣いた。帰りの車でも泣いたし、帰ってうちの猫撫でながら泣いたし、何なら今これを書きながら泣いている。

 いや、分かっている。
 ダイジンは元々『要石』だったのに、『要石』としてのお役目を放棄したし、草太に押し付けようとしていたし。何なら途中は悪役みたいな動きを見せていたし。
 それでもあの、「あんたなんか大っ嫌い」と言われ、絶望した顔でやせ細ったダイジンの姿はかわいそすぎる。その後「ありがとう」と言われただけで、嬉しそうに元のかわいい姿になって、再び『要石』として封印されるなんて、報われなさすぎる。
 そう思い、考察サイトとかをいくつか見て、自分を納得させるためにも映画を思い出し、こうではないかという話を書きます。

 まずダイジンの正体。
 考察サイトとかでは、元人間、閉じ師説が結構あったんだけど、私はこれは違うと思う。
 何よりもダイジンの思考が「ヒトとは違う」からだ。
 『要石』はそもそも神である。ダイジンも『大臣』ではなく『大神』であり、神なのだ。(草太は人間だったから数十年かけて神になる必要があると祖父が言っていた)
 ダイジンは、すずめに「うちの子になる?」と言われ、嬉しくて、でも『要石』としてのお役目があるからどうしようかなと思ったら、ちょうどそこに草太がいたので、すずめと二人になりたいからジャマだし、こいつにお役目を押し付けよう、と思った。というのが私の感じたダイジンの思想だ。
 すずめと草太はほぼ初対面であったが、ダイジンにとっては家族や大事な人を失うのが嫌だと言う意識すら無かった。だからすずめと二人になりたいのにいるコイツジャマだなーくらいの思いしか無かったから、すずめが嫌がるとも悲しむとも思っていない。
 以上の事から、非常に幼い、もしくは「ヒトとしての感情を知らない」生き物であると推察される。
 なので私は、『元猫の幼い神』説を推す。
(九州にいたのは、熊本大震災を抑える為のと考えれば、要石になって7年。声優をした子役の子も当時7歳だったらしい)

 そしてダイジンの行動の意味。
 そもそも、『要石』の封印場所は、時期によって変わる、という大前提がある。
 つまりダイジンは、移動しなければいけない時期だった。
 これは草太の祖父が「孫はしくじったか」と言っていた事、ダイジンを見ても驚かなかった事から推察される。通常の閉じ師の見回り仕事で「しくじったか」の言葉が出るのは違和感がある。彼もまた、『要石』を移動させる仕事をしたことがあるのではないか。
 だからダイジンは自分を抜く様に、すずめに促し(ここにすずめが来たのは偶然で、本来は知識を持った閉じ師が来るべきだった)、そして移動場所に案内しようとすずめの家に訪れた。その時に「うちの子になる?」という誘惑に負けたと思われる。
 フェリーから高速船に乗り替えた際、すずめが「行き先は一緒」と言っていたのに違和感があったのだ。逃げる為なら、別の目的地の船に乗ればいい。あの賢い猫が、それを出来ない訳がない。
 その後もわざと目立つ行為(明石橋を渡ったり、電車に乗ったり)を繰り返し、すずめ達が追ってくるように促している。
 ではなぜ掴まってあげなかったのかと言うと、草太が人間としての意識を失い『要石』となるのを待っていたのだろう。この辺が「ヒトではない思考」である。
 扉に案内していたのも、おそらく草太を『要石』として使う場面を用意していたものと思われるが、ここは置いておこう。
 結論、ダイジンは時間稼ぎをしながら、次の『要石』の封印場所に案内していた。

 以降はダイジンの封印に心を痛めた人に向けた、救いの考察である。

 まず、どうしてこんなにダイジンは雑に扱われたか。
 仮にも神様である。しかも日本の地震を防ぐ封印をしている。
 その割には、閉じ師の草太のダイジンへの扱いが雑すぎる。本来であれば、祖父の様に敬意をもって接するべきだろう。
 これは『要石』の封印場所が2つあり、移動しなければいけない事についても、今の封印場所についてもうろ覚えだった草太の様子を見るに、彼が未熟だったからではないかと思われる
 祖父が入院している事、草太は教師を目指している大学生である事からも、草太の閉じ師としての活動はもしかすると、最近始めたばかりなのかもしれない。更に言うなら、祖父の入院がキッカケであるならば、草太は閉じ師としての知識がまだ少ないのではないか。だから資料で見た事はある気がしても、知識として落とし込んでいないから、大神に対する敬意も知らないのではないか。
 もしも草太がダイジンに対して敬意をもって接していたら。それをすずめにも伝えていたら、すずめも少しはダイジンの気持ちや行動の意味を考えてくれたのかもしれない。
 こういう突然非日常が降って沸く話には、事情を知るナビゲーターが必要である。草太はそれには、未熟だったと推察する。

 次に、ダイジンがどうしてフワフワになったりやせ細ったりするか。
 それはダイジンが『神』であることからだと思われる。
 土地神などは「人からの信仰」を力にし、それを無くすと消えてしまうなどと言われている。
 ダイジンも同じで「人に愛されていると感じる」事が糧なのではないか。
 「うちの子になる?」というすずめの言葉は、ダイジンにとって最上級の愛の言葉であったのだろう。幼い神が、少なくとも7年間ずっとひとりだった子供が、「ずっと一緒にいよう」を意味する言葉に揺らぐのは、仕方がない事だと思う。

 ではなぜ、ダイジンは再び『要石』となる決意をしたか。
 そしてその結末は、本当に悲しいものだったのか。

 ダイジンが再び『要石』となる決意をしたのは、誰もが分かる。
 すずめが「私が代わりに(要石)になる」と言ったからだ。
 すずめが『要石』になってしまえば、すずめとずっと一緒にいられる事は出来なくなる。何よりも『要石』の経験があるからこそ、あの孤独を知っているからこそ、大好きなすずめを『要石』にはしたくなかった。
 そしてすずめが、草太に対しても同じ思いである事に気付いた。
 ここまでは映画を観ていても分かった。だからこそ切なくて悲しかった。やりきれない。もっと無かったのか、て思った。
 だから考えた結果。

 ダイジンはひとりぼっちに戻ったのではない。

 『要石』は一つではない。
 もう一つの『要石』サダイジンがいるのだ。

 サダイジンは東京に封印されている事から、ダイジンよりもずっと長く『要石』の役割をしており、少なくとも東京に移動してから100年近く経っている。(関東大震災は1923年)
 今回のダイジンの「移動」を案じ、おそらく自ら抜いて追ってきた事が予想される。後輩?の『要石』を心配して。
 そして環の意識を操作し、すずめに投げかけさせた言葉は、すずめがダイジンに言った言葉の仕返しと思われる。
 「うちの子になりなさいって言ったのは、環さんじゃない!」と言うすずめに、環は「そんなの覚えていない!」と言ってすずめを引き取った事の不満をぶつける。それにショックを受けるすずめだったが、それはまんますずめがダイジンにした事だ。
 「うちの子になる?」て聞いたのは、言ったのは、すずめだ。
 だがすずめはそんな事は忘れ、ダイジンを拒否した。
 
 その事を、サダイジンは怒っていたのだろう。
 お役目を投げ出してしまったのはダイジンではあるが、幼子を誘惑したのはお前だと。

 すずめがそれを察した表現は無いし、ダイジンもすずめを苛めるサダイジンに怒っていたが、すずめの無意識の発言に対する復讐はここで為されていた。
 その後、旅に同行したサダイジンは、文字通りダイジンを猫かわいがりしていた。
 体で包み、毛づくろいをし、愛情を伝えていた。
 お前はひとりじゃないと伝えていた。

 その事もあり、ダイジンは「すずめの子にはなれない」と、自分で選べたのだ。
 私はそう思いたい。

 出来ればすずめと草太に、ダイジンを思い出す、彷彿させるシーンがEDにあったら嬉しかったが、これはすずめと草太の物語であって、神には神の物語があるのだ。

 だからあの、かわいくて、幼くて、賢くて、少し残酷で、愛に飢えた小さな神様は、これからもお役目を頑張っているのだと思う事にする。

 おわり!

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